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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7949号 判決

原告 サルバドール・シー・ラバヤ

右訴訟代理人弁護士 古賀正義

同 吉川精一

同 中川明

同 鈴木五十三

同 喜田村洋一

被告 日本中央地所株式会社

右代表者代表取締役 石橋良吉

右訴訟代理人弁護士 海老原元彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一二八万四、八五二・八フィリピンペソ及びこれに対する昭和五三年一〇月一五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告と横浜正金銀行との間の預金契約

(一) 原告はフィリピン人で、昭和一九年ごろ、フィリピンマニラ市に住所を有していた。

(二) 原告は、昭和一九年三月ごろ横浜正金銀行マニラ支店(当時マニラ市ビノンド区ブラザセルバンテス街三四番地所在)との間で当座預金契約を締結したうえ、同年三月三〇日から同年一一月二日までの間に別紙当座預金入金一覧表記載のとおり、銀行紙幣又は支払小切手により合計金一七二万七、四一八・八ペソを入金し、この間合計金四四万二、五六六・〇ペソを払戻した。したがって、昭和一九年一一月二日現在の当座預金残高は金一二八万四、八五二・八ペソであった(以下、本件当座預余という)。

(三) 横浜正金銀行マニラ支店は、昭和一九年一一月末ごろ事実上閉鎖状態となり、以後本件当座預金の払戻しを含む一切の業務を停止した。

2  横浜正金銀行の在外債務の被告による引継ぎ

(一) 横浜正金銀行の発足及び敗戦後の改組

横浜正金銀行は、明治五年制定の国立銀行条例に準拠し、大蔵省の許可を得て資本金三〇〇万円で明治一三年一二月一一日設立された。

昭和二〇年一〇月、同銀行は一切の外国為替取引を禁じられた(同年一〇月大蔵省令第八八号)。そして、戦前及び戦時中を通じ外国為替・国際貿易金融の大半を扱い、また軍費の調達・占領地金融政策への協力などの業務を営んできた同銀行については、一面戦争協力推進組織としての過去を払しょくするとともに他面日本経済再建のためその経験と知識を温存させる必要があった。そのため、同銀行の業務のうち、純国内的商業的業務は別個に設立される新銀行に譲渡すること、その他の国内債権債務及び国外債権債務はそのまま残すが当局監督の下に解散清算することの二点を骨子とする改組案が決定された(昭和二一年七月二日連合国最高司令官総司令部覚書)が、右覚書は、その2e項において、万一、同銀行の在外資産が在外債務を満足するに足らない場合でも、同銀行の国内資産を新設銀行へ分離することにより、同銀行に対する外国人債権者の地位が害されることはない旨を保証する書面を、日本帝国政府が連合国最高司令官総司令部へ提出すべき旨定めていた。

(二) 東京銀行の発足

横浜正金銀行の国内店舗の資産・負債の諸勘定は、昭和二一年八月一五日法律第六号金融機関経理応急措置法により、昭和二一年八月一一日現在をもって新勘定と旧勘定とに分離された。そして、この新勘定に属する同銀行の国内店舗の資産負債は、同年一二月末日営業認可を得て新発足した東京銀行(会社成立の日は一二月一七日)に譲渡された。しかし、分離の対象となった資産負債勘定は国内店舗勘定にとどまったので、在外店に係る資産負債は前記金融機関経理応急措置法の適用外とされていた。したがって、東京銀行に譲渡された新勘定に属する国内債権債務を除くその他の国内債権債務(旧勘定に属するもの)及び国外債権債務は、そのまま横浜正金銀行に残置された。

(三) 横浜正金銀行の閉鎖機関指定及び被告による債務の承継

(1) かくして存続した横浜正金銀行は昭和二二年六月三〇日、閉鎖機関令(昭和二二年三月一〇日勅令第七四号)(以下「令」という。)に基づき、閉鎖機関に指定された(昭和二二年六月三〇日付大蔵大臣告示第一三〇号)。

そして、昭和二二年六月三〇日から同二七年三月三一日までの間は、閉鎖機関整理委員会が特殊整理人となり、大蔵大臣の監督の下に資産及び負債の特殊整理が行われ、その後昭和二七年四月一日以後は、閉鎖機関横浜正金銀行の閉鎖業務は在外活動関係閉鎖機関特殊清算人に引継がれた。

(2) 昭和二八年八月法律第一三三号による令の一部改正によって、令一九条の三の規定が新設され、右規定に基づき、閉鎖機関の本邦内にある財産をもって新会社が設立されることが可能となった。その一環として、閉鎖機関横浜正金銀行の残余財産を出資として被告会社が昭和三九年二月二〇日資本金五億円で設立された。右新会社設立の日をもって、閉鎖機関横浜正金銀行の特殊清算事務は終了したものとされ、清算結了の登記が昭和三九年六月一八日になされた。ところで、令に基づく清算結了あるいは新会社である被告会社への出資の時点で、横浜正金銀行はなお、未払の在外債務を負担していたところ、令一九条は、在外債務の総額が在外資産の総額をこえる場合は、その超過額に相当する本邦内に在る財産を大蔵大臣の承認を得て留保した後でなければ残余財産の処分をすることができない旨規定している。

(3) しかるに横浜正金銀行の残余財産の処分に際して右引当財産の留保が行なわれたかどうかは明らかでなく、仮にこれが行なわれたとしても、それが在外債務であるとの理由をもって同銀行の本件当座預金債務が消滅するはずはない。

もし、令一九条、一九条の三などの規定が、閉鎖機関の残余財産の処分によって、同機関の在外債務が消滅する旨規定しているものと解すると、そのような規定は、何らの補償もなく、原告のごとき外国人債権者の閉鎖機関に対する債権を侵害するものであって、財産権の不可侵を定めた憲法二九条一項に違反し、無効である。

(4) そこで、令は右の趣旨を明らかにすべく、新会社が成立した場合には、閉鎖機関の権利義務は新会社に移転すると定めたのである(一九条の一四第一項)。かくして、被告は、閉鎖機関横浜正金銀行から残余財産を承継すると同時に、右承継の時点で同銀行の負担していた本件当座預金債務をもまた承継したものである。

3  以上のとおり、被告は、横浜正金銀行の原告に対する本件当座預金債務を承継したので、原告は被告に対し、右当座預金一二八万四、八五二・八フィリピンペソ及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五三年一〇月一五日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)及び(二)の事実は不知。同(三)の事実は認める。

2  請求原因2の(一)及び(二)の事実は認める。

3  請求原因2・(三)の事実中、(1)、(2)は認める。同(3)については、横浜正金銀行の在外資産負債は、はるかに資産超過となっていたため、右引当財産の留保は行なわれなかった。同(4)については、被告が同銀行から一定の限度でその残余財産を承継したことは認めるが、その余の原告の主張は争う。

三  被告の主張

仮に原告主張のように横浜正金銀行が原告に対し本件当座預金債務を負担していたとしても、以下に述べるとおり、被告に移転した同銀行の債務中には、本件当座預金債務のような在外債務は含まれていないので、原告の本訴請求は理由がない。

1  閉鎖機関とは、本邦内における業務を停止し、その本邦内に在る財産の清算をなすべきものとして大蔵大臣及びその業務に係る行政の所管大臣の指定する法人その他の団体をいう(令一条)。すなわち、閉鎖機関の清算(以下「特殊清算」という。令八条の二)は、本来、その本邦内に在る財産のみを対象とするものであった。

2  その後、令が改正され、閉鎖機関の本邦外に在る本店、支店その他の営業所に係る債権及び債務の一部が、本邦内に在る財産とみなされ、特殊清算の対象に加えられた。それは、令二条二項一号ないし一三号に掲げられた債権債務である。右各号のうち、閉鎖機関の債務について定めた規定は、一号、二号、三号、四号、六号、八号、九号、一二号であるが、原告主張の、閉鎖機関横浜正金銀行が原告に対して負う債務は、これらのいずれにも該当せず、特殊清算の対象外である。

3  被告会社は、令一九条の三に基づく株主の申立により、閉鎖機関横浜正金銀行の本邦内に在る財産をもって設立されたものである。「閉鎖機関の本邦内に在る本店、支店その他の営業所に係る債権及び債務」は本邦内に在る財産とされているが(令二条一項)、原告主張の本件当座預金債務はこれに該当しないこと明らかであり、また、「本邦外に在る本店、支店その他の営業所に係る債権及び債務」のうち、2において述べた債権及び債務は、本邦内に在る財産とみなされているが、(同二条二項)、原告主張の本件当座預金債務は、これにも該当しないこと、前に述べたとおりである。したがって、被告会社は、原告主張の債務を承継したものでないこと、法文上も明白である。

4  それゆえ、令第一九条の一四の決定計画にも、原告主張の債務は記載されていない。

5  前述のように、令は、閉鎖機関の本邦内にある財産をもって新会社を設立することを認め、本邦内にある財産以外の積極及び消極財産については、新会社に承継されない建前をとっているのであるから、法律上、被告会社が原告主張の本邦外に在る営業所にかかる預金債務を負担すべきいわれは全くない。

6  なお、在外資産及び在外債務(本邦外にある営業所にかかる債務から、令二条二項の規定により本邦内に在る財産とみなされた債務を除いたもの。令一九条一項)については、令は、これらを敵産として接収したそれぞれの国において清算が行われることを前提としている。昭和二一年七月二日の連合国最高司令官総司令部覚書も、その2e項に「万一、横浜正金銀行の在外資産が在外債務を満足するに足らない場合でも、……」と言って、在外資産と在外債務の清算は、国内の資産債務の清算と別個に切り離して行われることを予定し、ただ、在外債務が在外資産を超過するときにのみその超過額について日本帝国政府が保証することを求めていたのである。実際にも、在外資産と在外債務との清算は諸国において行われ、インド及びブラジルでは残余財産を生じて、返還された。

なお、在外債務が在外資産を超過する場合には、超過額が本邦内に在る積極財産から別除され、この留保された財産は、新会社に移転せず、閉鎖機関の引当財産の管理に関する政令(昭和二五年政令第三六九号。昭和二八年法律第一三三号により改正)により、大蔵大臣またはその選任する者が管理人となり大蔵大臣の指示に従って事務を処理することとなっている。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、請求原因1(一)、(二)の事実が認められる。

二  横浜正金銀行が昭和二二年六月三〇日大蔵大臣から令一条の閉鎖機関の指定を受け、特殊整理(昭和二三年政令第二五一号による令の改正後は、特殊清算と呼ばれるようになった。)が行われたこと、昭和二八年法律第一三三号による改正後の令一九条の三の規定に基づき、閉鎖機関横浜正金銀行の本邦内に在る財産をもって昭和三九年二月二〇日被告会社が資本金五億円で設立され、同日をもって閉鎖機関横浜正金銀行の特殊清算事務は終了したものとされ、同年六月一八日清算結了の登記がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、横浜正金銀行が原告に対し負担していた本件当座預金債務は、被告会社が成立した時に令一九条の一四第一項の規定により被告会社においてこれを承継した旨主張する。

しかしながら、以下に述べる理由により、右主張は採用することができない。

1  令二条一項は、閉鎖機関の財産を「本邦内に在る財産」(以下、これを「在内財産」という。)と「本邦内に在る財産以外の財産」(以下、これを、「在外財産」という。)の二種に分類し、原則として、「閉鎖機関の本邦外に在る本店、支店その他の営業所に係る債権及び債務」は、これを在外財産とし、同条二項において、例外として、右債権及び債務のうち一定の範囲のものを在内財産とみなしている(以下これを「みなし在内財産」という。)。

一方、令八条二項は、令一条の指定による解散後も、外国法人でない閉鎖機関は、「指定業務及び清算の目的の範囲内並びに本邦内に在る財産以外の財産に対する関係においては」、なお存続するものとみなしている。

してみると、令八条の二以下の規定の定める特殊清算は、在内財産及びみなし在内財産のみを対象としているものと解するのが相当であり、令一〇条二項が、閉鎖機関の特殊清算人は、特に必要がある場合においては、在外財産についてもその職務を行うことができる旨規定し、また、令一九条一項が「在外債務と」「特殊清算の目的である債務」とを相互に全く重なりあう可能性のないものとして規定していることは、右の解釈を裏づけるものである。

2  そして、令一九条一項は、閉鎖機関の在外債務の総額が在外資産の総額を超える場合には、その超過額に相当する在内財産を大蔵大臣の承認を得て留保した後でなければ、特殊清算における残余財産の処分をなすことができない旨また、同条三項は、同条一項の規定に違反してなした残余財産の処分は、これを無効とする旨、それぞれ規定し、また、令一九条の三第一項は、閉鎖機関の在内財産をもって株式会社を設立する場合において、令二〇条二項は、令一条の規定による閉鎖機関の指定を解除する場合において、それぞれ右と同様の引当財産の留保を必要的なものとして規定し、もって、在外債務についての外国人債権者の地位が害されることのないよう配慮しているのである。

3  以上に指摘した令の規定の構成にかんがみると、閉鎖機関の特殊清算の一態様として令一九条の三の規定により閉鎖機関の内財産をもって株式会社を設立する場合に、右新会社成立の時点で決定計画の定めに従い新会社に移転するものとされている令一九条の一四項第一項所定の「閉鎖機関の権利義務」とは、在内財産(みなし在内財産を含む。)たる権利義務に限られ、在外財産たる資産及び債務を含まないものと解するほかはない。

そして、このように解しても、前述のように、外国法人でない閉鎖機関は在外財産に対する関係においてはなお存続しているものとみなされているのであり、かつ、在外財産が債務超過の場合には超過額に見合う在内資産が引当財産として留保される制度的保障が存在するのであるから、閉鎖機関の在外債務についての債権者の保護に欠けるところはなく、憲法二九条違反の問題を生ずる余地はないものというべきである。

4  ところで、本件当座預金債務は、令二条一項の在外財産たる債務であるから、令一九条の一四第一項の規定により被告会社が承継した閉鎖機関横浜正金銀行の義務に該当せず、他に特段の債務消滅事由がなければ現在なお横浜正金銀行(在外資産に対する関係ではなお存続するものとみなされていることは前述のとおりである。)に帰属しているものと言わざるを得ない。

三  以上説示のとおりであって、横浜正金銀行の本件当座預金債務を被告会社が承継したことを前提とする原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤浩武 裁判官 押切瞳 瀬木比呂志)

〈以下省略〉

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